とおりゃんせ

とおりゃんせ
とおりゃんせ
此処は何処の 細道じゃ
天神様の 細道じゃ
一寸通して 下しゃんせ
御用の無い者 通しゃせぬ
此の子の 七つの 御祝いに
御札を 納めに 参ります

行きは良い良い 帰りは怖い
怖いながらも
とおりゃんせ
とおりゃんせ

 ──童歌「とおりゃんせ」



 昔の話。或る所に、一人の少女が居た。
 彼女は小さな神社の小さな境内に居た。何時もならば神主が庭を掃いているが、今は少女一人だけだ。
 ぽん、と一つ手にしていた赤い鞠をつく。てんてん、と転がり、御神木の根元に当たった。
「……詰まんないの」
 少女は口を尖らせる。だが誰が聞いていることも無い。
 だからもう一度、今度は少し大きい声で文句を言う。
「詰っまんない」
 と、堂の方から声がした。
 ……ま……ない──
 ……な……い──
 ……な──
 一瞬怯えた少女だったが、直ぐに自分の声の木霊と思い至り、すん、と鼻を鳴らす。そしてまた
「詰っまんないっ」
「だったら遊ぼうよ」
 今度こそ彼女は腰を抜かした。突然誰かの声を聞くとは思って居なかったし、何より其の声が聞こえて来た場所に驚いたのだ。
 口も利けなくなっている少女に声の主は涼やかに続けた。
「どうしたの。遊ぼうよ」
 言いながら、ふわりと御神木から降り立つ。つまり『御神木の上に』居たのだ、声の主は。
 声の主はどうやら少年だった。背格好は、少女と然程変わらない。黒髪を高く一つに結い、白い狩衣に随分短い袴を着ている。袴からにょきりと出ている足は真っ白い。そして紅色の一本歯を履いていた。
 少年は笑っているようだった。ようだった、と言うのは──
「あ、あんた、誰」
「人の名前を訊ねる時は自分からだよ、知らないの」
「狐面被ってる奴に云われたくない」
 そう。狐面のせいで顔が解らないからなのだ。だから正直、少年かどうかすら怪しい。
 狐面の少年はふふと笑った。
「其れじゃあ君だって被ってるじゃない」
「あたしは何も被ってないじゃないの」
「被ってるよ。人間のお面をね」
「だってあたしは人間だもの。人間の顔してるのが当たり前でしょう」
「でも違うかも知れない」
「違わない」
「若しかしたら君は本当は猫かも知れない」
「そんな事無いわ」
「馬かも知れない」
「そんな事無いわ」
「雀かも知れない」
「……じゃあ訊くけど、何であたしが人じゃないかも知れないってあんたに判るの」
「判んないよ」
「は」
「判るわけ無いでしょう。会ったばかりなんだから」
「適当に言ってたのね」
「でも中ってるかも知れない」
「中ってないわ。だって適当なんでしょう」
「其れは誰にも判らない。判らないから中ってるかも知れない。中ってないかも知れない」
「……もうあんたの言ってる事、さっぱり解んないわ」
「ほら、君にだって解んなくなったろう。世界なんてそんな物さ。物事が本当に正しいか、間違ってるかなんて誰にも判らない。判るのは神様だけだ」
「………」
 少女は此の少年に妙な物を感じた。云う事はわけの解らない事ばかりで、薄気味悪い。
「あ、何処に行くの」
 くるりと踵を返す少女に、少年は少し慌てたように声を掛ける。少女は振り向きもせずに短く答えた。
「帰る」
「遊ぼうよ。退屈なんでしょう」
「あんたなんかと居たくない」
「酷いなぁ、君が僕を呼んだんだろう」
「呼んで無いわ」
「呼んだよ。『詰まんない』ってさ」
「彼れは独り言よ」
「独り言にしちゃ、随分と大きな声だったね」
 肩を竦めて言う少年に、少女は顔を赤くした。そして聞く人など誰もいないと思って大声で独り言を言っていた自分を罵った。何時でも何処でも、誰が聞いているのか分かったもんじゃない。
 振り返ってきっと狐面を見据える。
「あ、彼れは……っ」
「ま、いきなり変な話しちゃったし、吃驚するのも無理ないよね。御免」
 少女の弁解をあっさりと遮り、彼は一本歯で辺りをぴょこぴょこと跳ねる。
 から、から、から
 から、ころ、から
 から、から、ころ
 からん。
 ふと其の動きを止めると、少女に向き直って言った。
「でも僕は君と遊びたいな。折角僕を呼んでくれたわけだしね」
 揺れる黒を見るとも無しに見ていた彼女は反射的に
「だから呼んで無いわよ」
 と返した。
 然し少年は気にせずに「だってさ」と続ける。
「赤い鞠持って、『詰まんない』『退屈』って云ったでしょう。だから僕来たんだよ」
「え」
 確かに少女は赤い鞠を持っていた。其れをついて一人で遊んでいたのだから。
 然して確かに少女は「詰まんない」と云った。本当に退屈していたから。
 然し──だからと言って何故其れが、目の前の、此の、狐面の少年を呼ぶ事に繋がったのか解らない。
「然う云う事で、実は僕も退屈してるんだ。だから遊ぼうよ」
「一寸待って。何故其処で『然う云う事で』ってなるのよ」
「其れは受け流して」
 少女の指摘を気に留めず、彼はひらひらと手を振って、からんと下駄を鳴らした。
「其れで、君は遊びたくないの」
 少女は少し躊躇い、其れから頷いた。彼の言葉が挑戦状のように思えた事も有るし、何より、本当に彼女は退屈していたのだ。
 狐面の少年は嬉しそうに笑い声を立てた。
「ふふ……其れじゃあ、遊ぼうか」



「然う云えば、結局あんた、何なの」
「人の名前を訊ねる時は自分から」
「名乗る気は無いのね」
「君が名乗れば名乗るさ」
「其れなら云わない。あたしもあんたが名乗るまで名乗んない」
「強情だね」
「何とでも」
 赤い鞠を持った少女は、狐面の少年に手を牽かれて境内から出、近くの森の中を歩いていた。
「ねえ、何処に行くの」
「楽しい所」
「さっきから其ればっかり」
 むっと膨れる少女に、少年は宥めるように「後少しだから」と言う。此れも先程から繰り返されている事だ。
「然うだ、此処一体何処なの。あたしこんな所、来た事無い」
 其れに此の辺りにこんな場所、無いし、と少女が言うと、少年はまた笑い声を立てた。
「此処は天神様の森だよ。もう直ぐ細道が見えてくる筈だ」
「天神様の森……此処らにそんな場所、無いわよ」
 訝しげな表情を作る少女。前を歩く少年には見える筈が無いのだが、声に不信感が表れていたらしい。苦笑気味に彼は云った。
「普通の人には来れない場所だからね。『案内人』が居ないと入れないんだ」
「案内、人」
 一体全体、其れは何なんだと少女は疑問に思う。然も普通の人には来れない場所とはどういう意味なのか。
 一人悶々としていると、また其れが伝わったらしく、少年は説明を始めた。
「今僕らが向かっている『天神様の細道』はね、文字通り『神様の所への道』なんだよ」
「ふうん」
「然して其処に行くのには、『人で無い』か若しくは『案内人と共に居る』かのどちらかが必要なんだ」
「『人で無い』、か……『案内人と共に居る』……」
 復唱し、少女は顔色を変えた。
「一寸待って。『人で無い』って……詰まり『妖』って事なの」
「そうなるね」
「あんたも……妖なの」
「僕は妖じゃない。『案内人』だよ。まあ、妖と同じで、人で無いんだけどね」
 強く否定した後の少年の呟きに少女は食って掛かる。
「人で無くて、妖で無くて、だったらあんたは何なのよ」
 此れ以上進みたくないと足を踏ん張って、目の前の少年の答を待つ。
 少年は溜息を吐いて、梃子でも動くまいという顔の少女に正対した。狐面の奥の顔が何を考えているのかは解らない。
 然して、一言。
「僕は、其れ以上でも、其れ以下でも無く、『案内人』だ」
 人でも無いし、妖でも無い、『案内人』だ。
 然う云って、また前を向いて歩き出す。少女の踏ん張りは全く意味を為さず、ずるずると引き摺られた。然し此のまま流されて堪るものかと彼女も頑張る。
「ちょ……一寸待って。未だ納得行かないわ」
「未だかい。良いよ、何でも訊いて。納得行かないまま行っても詰まらないしね」
 少年の声に、うんざりしたような雰囲気は無かった。寧ろ軽快な響きさえ有る。
「先ず、其の……『天神様の細道』はあたしにとって危ない場所なの」
「否、僕が居れば大丈夫」
「然う。じゃあ二つ目。『天神様の細道』の先には何が在るの」
「年中、祭をやっているよ。君達人間がやってるような祭をね」
「ふうん。じゃあ最後」
「うん」
 狐面がこっくりと上下し、先を促す。
 少女は、一度俯いて考えた後、意を決したように顔を上げた。
「其処に……其の、『天神様の細道』の先に行ったとして。……あたし、ちゃんと帰って来れるの」
 少年は少しの間沈黙した。考えているような沈黙だった。
「……帰れるよ。但し、往き道程簡単な路じゃないけど」
 少年にしては少少不明瞭な答だったが、少女は「なら良いわ」とあっけらかんと笑った。彼女は、昔から聞かされている話の中に有る『往ったまま二度と帰らなかった子供』に、自分が成ってしまわないか、其れだけが心配だったのだ。
「ねえ、早く連れてって。其の楽しい所に」
 目を輝かせて、今度は少女が先に立って少年の手を引っ張る。少年は、「はいはい」と暢気に応える。
「僕が先だよ。じゃないと細道に入れない」
「分かった。其の細道は未だなの」
「否、後一寸……此処だ」
 本当に二歩三歩進んだだけで、彼は止まった。
「あ」
「見えるかい」
 ぽかんと口を開けた少女を覗き込み、少年は愉しそうに言った。
「何、彼れ、凄い」
「ふふ、こんなのは未だ未だ序の口さ。ほら、御出よ」
 すい、と少女の手を牽き、少年は、其の『境界』を越え、彼女を不思議の世界へと導いた。然して恭しく御辞儀をし、戯けたように宣った。
「暫しの間でも、浮き世を忘れてどうぞ御楽しみ下さいませ。ようこそ──『御社』へ」
10.07.01. 初出?
13.01.20. up
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