誰もが昨夜のせいで寝不足だった。帰りの列車の中で起きているのはキーコとライチだけ。
ライチが窓に目をやると、普通ならありえないスピードで景色が流れていく。そういうものだとライチは認識している、それでもたまに自分のいた世界と比べてしまう。
魔法界はどこまでもわけがわからない。きっと彼らからすればライチのいた世界が不思議に思えるのだろう。
あのオカルト好きな二人は多少理解しているかもしれないけど、間違って覚えていることも多そうだ。
「楽しかったか」
キーの寝顔を見つめているキーコに聞くと、彼女は形のいい眉を下げて笑った。
「楽しかったよ。もっといたかった」
無理矢理に近い形で連れて来られたとはいえ楽しめた。ロクなことが無かったような気はするのだが、それでもまだいたいと思ってしまう。
終わりがあるからこそ楽しい。いつもはそう思っていたが、彼らにはこの先にもっと大きな終わりが待っている。
「本当に、もっといたかったな」
何が、と口に出すことはしない。キーコならわかってくれると思った。
「そんなことを言うなんて珍しい」
「お前は俺を何だと思ってる」
「もやし」
迷いが一切ないキーコの言葉がライチに突き刺さる。
やっぱりさっさと終わらせよう。思えば今回の旅行はろくなことが無かった。
湯で浮かぶわ後輩の真っ裸は見るわで災難しかない。次に泊まるときは個人で部屋を取ろう。そうしよう。
「次こそ温泉だな」
「私は電気風呂に入ってみたい」
「それは違う」
本格的な温泉であればあるほど電気風呂は無いと思われる。
キーコは自分で電気風呂を作り上げることが出来る気がした。言ったらまた違う言葉が飛んでくるだろうから口にはしない。
「……次がある、か」
卒業したって関係は続く。今のような頻度で会えなくなったところで、キーコはキーのことを全力で可愛がるだろう。ライチだって同じだ。きっと繋がり続けられる。
何たって魔法界は狭い。魔法の使えない人間に対して優越感を覚える魔法使いもいるようだけど、それが馬鹿馬鹿しく思えるほどに世界は広い。
「キーコ、そんな顔をしてどうした」
「うるさいもやし」
狭い世界から広い世界へ飛び立つ。それはキーコにとって自然なことだった。
だけど今は、それをすることによって繋がりを失うか希薄になってしまうかもしれないことが、ほんの少しだけ残念に思う。
そして、出来ればそれを回避したいとすら考えるようになった一端を担うのがライチであることがとてつもなく嫌だった。
「帰ったらもやしはやめろ」
「いや、絶対に広めてやる」
学校最寄りの駅は目の前だ。それまで、もう少しだけ二人だけで話を、
「……うわ、起きたらイチャついてる人がいる。起きろポリス」
「蹴るなオツキ。殴るぞ」
「殴りながら言うな!」
「うるさい」
「あーもー何してるの二人とも……キーコ、どうしてそんなとこに?」
「あれ、もう学校ですか?」
「違うよカヤノちゃん、まだ列車」
次々と起き出す後輩たちが良さげな空気を壊した。けれどきっと、彼らにはこれが一番いいのだろう。
駅に着いたことを知らせる警笛が鳴るまで、あと少し。