キーコとライチは付き合っていない、というかそういった関係になるとするならまず天地がひっくり返ってからだろうというのが彼らの共通認識であった。しかしあまり交流のない、しかも黒薔薇らしい黒薔薇生は付き合っているものだと思ってしまった。
学校に帰ったら面倒なことになるかもしれない。キーコは溜め息をつく。学校内でなら相手が納得するまで説明をするのだがここは後輩の所有地で、彼らもまたキーコたちと同じく招かれた側だ。ゲストであるからにはそれに相応しい立ち振る舞いをしなければならない。
無理に捕まえてこちらの話を聞かせるなどありえない。出来るのはホストだけだがその後輩はどこかに行ってしまっている。
「付き合うとか…勘弁してくれないか本当に……」
「キーコ先輩聞きましたよーライチ先輩と付き合ってるんですって?」
温泉に誰かが入ってきた。出入り口に目をやれば、髪をまとめたカヤノがいる。温泉に入る前にライチによって行われた「日本的温泉の入り方」の通り、フェイスタオルが頭の上に乗っていた。
「付き合っていないから間違わないほしい」
「知ってます。冗談でした」
笑った後、キーコに背を向けて体を洗い始めるカヤノを見て、普段は大人しく見えるが間違いなく黒薔薇生なのだと彼女は実感した。彼女も数年後にはあの兄妹たちのようになるかもしれないと思うと目頭が熱くなる。
「時間って…残酷だな……」
「何か言いましたー?」
「キーコ、ライチ先輩と付き合ってるって何事?!」
いい音をたててキーが入ってきた。急いでいたからかフェイスタオルが崩れてベールのようになっている。
彼女の使い魔がそっとタオルを直したのを見ながら、キーコはどう誤解を解こうか考え始めた。
中2男子組はナイターに行った。だから温泉は独り占め出来るものだと思っていたライチの隣には、黒薔薇生がいた。不機嫌そうな面でずっとこちらを見てくるものだからせっかくの温泉だというのに楽しめない。
話しかけてみようか。しかし面倒そうでもある。しかもうたた寝から起きたときからずっと異星人でも見るような目を向けられている。
勿体無いけど今は上がろう。そう思い立ち上がろうとしたところで、黒薔薇生が話しかけてきた。
「あの女とはどうなんだ」
「……3年のキリコのことか?」
確信はもてなかったがたぶんキーコのことだと思った。ライチの考えは正しかったようで、黒薔薇生は笑みを浮かべた。
心なしか眉間に寄っていたシワが和らいだように見える。
「そうだな、あの精霊娘だ。あんたが思うならそっちでいいんだ」
「何が言いたい?」
要領を得ない話し方はいいものだとは思えない。はっきり言えばいいのに何ともすっきりしない会話は続く。
「あの女を大事にしておけよ。こっちは俺が大切にするから」
「だからさっきから何を」
「妹も一緒なんだよ。いや、妖精な分だけまだマシか。俺があいつと結婚したらデカい障害は無くなるわけだし」
繋がらない。全く関係の無い単語がばらばらに落ちてくる状態はライチにとって懐かしいが、喜ばしいものではない。
何とか意図を汲み取ろうとする間に、黒薔薇生は温泉から出て行ってしまった。
顔が真っ赤になって頭がくらくらするまで考えた結果、「キーコのことを大切にしろ」というのだけはわかった。
しかしそれが何なんだろう。ライチにとってキーコは大切な友人だ。無碍にしたり傷つけるわけがない。
スキーを楽しんだポリスは露天風呂へ続く戸を開けた。一緒に滑ったオツキはまだ夕食を食べているから一人で入ることになる。
食べながらポリスだけだと幽霊が出るとからかってきたせいで喉にパンを詰まらせたオツキを思い出した。
彼は理解出来ていないがポリスは幽霊を怖いと思っていない。むしろ来てほしい。
ジャパニーズホラーといえば水辺だ。貞子は井戸から出て来るし、仄暗い水の底からは全体的に湿っていた。スケキヨも湖から脚を…あいつはちょっとジャンルが違うか。
とにかくだ、ポリスは幽霊を見たい。そしてもし出てきたらマキナを呼んで一緒に虐めてやりたい。
「……ん?」
外に出て一歩進めば、濁った湯の中に緑の何かが浮かんでいるのが見える。
どう考えてもライチだ。間違いなくライチだ。もしかしたら巨大マリモということもあるかもしれないけど、体も浮いているからライチだ。
「巨大マリモならまだ先輩も喜んだかもしれないのに」
とりあえず露天風呂に入ってライチを背負う。ライチの身長が長いせいで膝から下が床に当たるのがわかったけれど、気遣って擦れないようにしてやるつもりはなかった。