家同士のお付き合いというのはなかなかどうして面倒くさいもので、目覚めると部屋は花束とプレゼントで溢れていた。
今日はバレンタインデーだ。私もこの部屋にあるプレゼントの贈り主たちにちょっとしたものを渡している。
そのせいで私の使い魔は今もぐっすり眠っていた。他寮であまり顔を合わせない人だけとはいえ結構な量をお願いしてしまったから今日はゆっくり休んでもらおう。
すやすやと眠る使い魔を見ると私も寝たくなったけど、残念なことに今日も授業がある。
いつもの鞄の他に、お菓子を入れたバッグを用意した。同じ寮生に向けたお菓子は夜に談話室に置いておけばいい。
これは他寮の可愛い後輩に向けてだ。出来れば年上二人にも渡したいのだが、今日は近付ける気がしない。自ら死地に足を踏み入れる趣味は無い。
ホラーもスプラッタも好きだ。しかしそれは画面の向こうの場合。自分が巻き込まれるのは遠慮したい。
「ラカ、行ってきます」
眠っていたはずの子ドラゴンが小さく声を上げた。
(朝食中)
大広間に出るとチョコレートと花束とやけに濃密な魔力を込めた何かを感じた。今年も惚れ薬入りの菓子類が流行っているらしい。
「おはようマキナ」
「おはよー。今日は凄いねー」
うちは大人しい方だけどと彼女は笑った。直後、赤百合のテーブルから謎の破裂音が聞こえる。
国民性もとい寮生性だろうか、こういったイベントに対してあまり力を注がない生徒が多い。
「医務室混むんだろうなあ」
「去年は酷かった……ん?」
誰かが大広間の上を飛んでいる。目をこらしてみるとオツキくんだった。
箒に大きな紙袋が掛けられている。まさかあれ全てがプレゼントなのだろうか。
「あの青桜の子、マキナの知り合いじゃなかったっけ?」
「うん、成績も顔もいいから今日は大変だわ」
姿が見えなくなった後も何度か彼が消えた方を見てしまった。なんとか頑張って欲しい。
(授業前)
次の授業は少し遠い教室だからと早めに大広間から出ると、廊下に花束があった。正しくは花束を抱えた女の子がいたのだけど、その花束のボリュームが大きすぎるせいで人が見えない。
何となく知っている気がして声をかけてみるとカヤノちゃんだった。
「あー、大丈夫?」
「目の前がちょっと見えないですけど大丈夫です!」
それは大丈夫と言わないのではないだろうか。返事は元気だけど歩みはふらふらしているので心配だ。
この立派な花束はバレンタインデーのプレゼントとして貰ったらしい。
「せっかくだから植えようと思ったんです。花も棘を取られて痛いって朝から叫んでいたのでどうにかしてあげたくて」
想像すると何だか怖い。
彼女の目的地の園芸用具置き場はまだ距離がある。ただでさえトラップの多い学校が今日は恋を成就させたい学生たちでいっぱいだ。
怪我をしないようにと花束を浮かせる呪文をかけた。これなら視界を確保出来る。
頭を下げてお礼を言ってくれた彼女のローブのポケットに用意しておいたお菓子を入れた。
(授業中)
教授がホットチョコレートで滑ってぎっくり腰になったらしく授業中が中止になった。
図書室にでも行こうと廊下を歩いていると、誰かが走っている音が聞こえる。発生源を見てみると、紙袋を抱えたキーちゃんがいた。
朝にも似たような状態の後輩を見たような気がする。
「あ、おはようございます!」
「おはよう。凄い荷物だね」
大きめの紙袋が三つ。それに教科書類。授業に行くだけでも大変そうだ。
「全部が私宛てってわけじゃないんですよ。キーコにって人が多くて……」
キーちゃん経由なら確実に渡るだろう。ただ、プレゼントのために後輩に迷惑をかけるのはどうかと思う。
「同級生の男子たちは気を使ってか「お前も食べていいからな!渡せなかったらお前にやるし」ってチョコをくれるんです」
前言撤回。気付いてあげてキーちゃん。
私は男子生徒たちを可哀想に思いながら、紙袋にそっとお菓子を入れた。
(昼休み)
昼食を食べに大広間に行くと、人で入ることが出来なかった。何とか白朝顔のテーブルに着く。人混みと戦っているときは誰目当てなのかわからなかったけど、離れてみるとキーコ先輩ファンの塊だとわかった。
流石はキーコ先輩。集客率も人外レベル。怖い。死ぬ。近寄りたくない。
と、思っていたのに信じられないことにキーコ先輩は私に声をかけてきた。取り巻きの視線が痛い。
「やあ、ハッピーバレンタインデー!」
「……ありがとうございます」
私はそっとお菓子を差し出す。
「今日はみんなお菓子をくれるんだよ。いい日だ!」
「まあ、バレンタインデーですし」
この人は確実にプレゼントのことしか考えていない。好意まではわかっているようだけど、恋愛的な方は把握出来ていないような気がする。
そのさっぱりした感じがまた人気を呼ぶんだろうなあと思いながら、去っていく先輩を見送った。
(図書室)
図書室に続く廊下に、チョコレートらしい包みを持つ女の子たちが並んでいた。何があるんだろうと思いながら図書室に入ると、疲れた顔のライチ先輩がいた。
「……お疲れ様です」
「マキナか。……今日は、疲れるな」
ライチ先輩は使い魔と一緒に森の方に逃げているとばかり思っていた。
大量の人を相手出来るのはキーコ先輩くらいのものだ。あの人のカリスマっぷりは異常。
どうしてここにいるのか聞くと、「バレたくないんだ」と言われた。
直接にチョコを渡したい女の子はどうにかこうにか先輩の居場所を突き止めようと頑張るだろう。それで普段の隠れ場所を知られて平穏を失うより、今日一日は相手をすることをライチ先輩は選んだようだ。
「もうそろそろ行く。司書さんに迷惑かけた」
「だから廊下に女子生徒がいたんですね」
司書に守られし聖域から出て行こうとするライチ先輩にもお菓子を渡した。
(夕方)
「マキナ、やる」
「え、もう頂いてるけど」
夕食の途中、黒薔薇の知り合いから小さな包みを二つ渡された。彼の家からは既に貰っているものがあるので戸惑う。
「あれは家からのだろ」
「まあ、うん」
私が使い魔に送ってもらったものも家が用意したものだ。
「こっちは妹のチョコだ」
「ごめん、こんなのしかないや」
お菓子を渡す。見慣れないものだからかまじまじと見つめられた。
この展開は予想していなかった。次はちゃんと用意しておかないと申し訳ないな。
彼が去ったあとで、もう一つの包みが何か聞くのを忘れたことに気付いた。
(夜)
寮の談話室にお菓子を置いた。同じ考えの人が多く、一角が菓子屋のようになっていた。
私は生モノではないものを置いたけど、人によっては保冷の魔法をかけてアイスや生チョコを用意している。
「マキナー、このスナックみたいなの何なの?」
「ジャパンのお菓子。原料はお米だよ」
「へー。あまじょっぱくて好き」
甘いものだけだと飽きるかなと思ってこれを選んだのだけど、みんなでお煎餅をばりぼり食べる姿はなんだかシュールで笑えた。
用事があって廊下に出た。すぐに終わってしまったので、遠回りして寮に戻ることにした。
窓に寄りかかっている男子生徒がいる。近寄ってみたらポリスくんだったので、どうやら今日は運が良いらしい。
「こんばんは、先輩」
「遅いけど何かあったの?」
「オツキのとばっちりを受けたんで逃げてきました」
どうやら彼は今日一日逃げきったらしい。凄い根性だ。
「先輩はどんな一日でしたか?」
「普通だよ。お煎餅配り歩いただけだったな」
そう言ってポリスくんにお煎餅を渡した。ありがとうございますと笑ってくれる後輩は可愛い。
今日会った人たちの話をしている内に就寝時間近くになってしまった。後輩を遅くまで歩かせるのは申し訳ないので送ろうかと聞くと首を傾げられてしまう。
「それ、俺の台詞です。送りましょうか?」
「大丈夫だよ、すぐだし」
「まあそう言わないで」
結局、送ってもらってしまった。
(就寝前)
部屋に戻るとラカが可愛く鳴いた。机を見るとプレゼントが増えていることがわかる。ちゃんと受け取った自分を褒めろと言っているようなので頭を撫でた。
私個人ではなく家宛てのものをリストアップ、実家に送ってお礼をしてもらうという面倒くさい作業がまだ残っている。
だけど今日は寝てしまうことにした。チョコレートと花の混ざった甘い匂いが部屋に漂っている。
不思議と不快には感じなかった。今晩はいい夢が見られる気がする。