No title

(キーコ先輩は常識が一部迷子)

「どうしたんですか、そんな疲れた顔して」
話があると学生ラウンジに呼び出されて行ってみたところ、死んだような顔をしたライチ先輩、幼児のように「どうして?」を連呼するキーコ先輩、ライチ先輩を更に酷い状態にしたポリスくんがいた。
いつもならこうやって集まるとキーコ先輩のカリスマに当てられた女子生徒やライチ先輩のルックスに釣られた女子生徒も集まってくるのだけど、今日は誰もいない。自習やちょっとした休憩に適しているはずのこの空間にいるのは数人の男子生徒だけだ。そしてなぜかその男子たちはポリスくんのことを哀れむような目で見ている。
いったい何なんだ。変なことなら巻き込まれる前に逃げたい。
「オレには無理だった」
「何がですか」
「俺は最初から無理です」
「いやだから何が」
大きな溜息をつくライチ先輩はキーコ先輩を指した。ポリスくんは椅子に座って両手を顔の前で組む。ポリスくんのポーズはジャパンのアニメーションで見たことがあるなあと思考を現実から飛ばした。
「マキナちゃんはどう思う?」
謎の三人から目線すら外していたのにカリスマEXのキーコ先輩が私に話しかけてくる。残念なことに普通の人間である私はキーコ先輩を見てしまった。なんか、輝いている。
私はこの顔を知っている。満たされない知識欲を、未だ知らぬ世の理を脳みそに詰め込むとき、人はこういう顔をするのだ。白朝顔寮ではよく見る光景だったし、勉強中に鏡を覗き込めばそんな顔をした自分を見られると私は知っている。だからこそ思うのだ。これは面倒臭いことになる。
「あー、魔法史の復習をするべきだと思うので帰りますね」
ラウンジの出入口を向いた途端に体がだるくなる。これは闇の魔術か。ライチ先輩とポリスくんは限界まで弱くした闇の魔術をかけてまで私を帰したくないのか。そういうことをされるとますます帰りたくなるのだけど、朴念仁と年下男子にはそれがわからないらしい。
「わかりました。帰りませんから、とりあえず何の話だか教えていただけません?」
倦怠感が飛ぶ。肉体面が楽になった代わりにこれから精神面に妙なダメージを受けんだろう。まあいい、覚悟は出来た。
「ライチの子供を産もうと思うんだが、マキナちゃんはどう思う?」
多分、どんなに苦しく辛い痛みを抱えたとしても逃げていた方がましだったなあと思った。次からは何があったとしても逃げよう。そうしよう。たった一言でライチ先輩とポリスくんがどうしてこうなったかをわからせることが出来るキーコ先輩は天才だ。生きる世界が違う。ええい、出来ることなら今すぐ逃げたい。
ざっくりと説明を受けた。色々あった結果、キーコ先輩はあと数十年で精霊と化すらしい。そのときには性交渉をしなくても子供を持つことが出来る。妊娠する期間は人間よりも遥かに短いらしい。
「精くらいちゃちゃっとあげたらどうですか」
「待て、そこまで戻すな。人間は一般的に愛し合った二人の同意があって子供を持つことまでは説明したんだ」
「結婚云々も説明しましたね」
「ああ、無駄に長かったな!!」
3時間ほどかけましたとポリスくんが補足してくれる。たぶん説明したとしても納得はしていない気がする。私の予想が正しければ寝ていたと思う。キーコ先輩とはそういう人だ。人じゃないけど。
「一応とはいえそれを説明出来たら十分でしょう?」
「……愛し合えば子供作り放題と解釈してもか?」
なんという超解釈。精霊はみんなこんな考えをするのだろうか。大半の友人は白朝顔だし、青桜の知り合いもこんなに精霊に近い子はいないから私にはわからない。全員がこうだったら困るなあと思いつつ、ドヤ顔をしているキーコ先輩を見る。
ライチ先輩を相手に選ぶのはわかる。キーコ先輩がライチ先輩を好いているのは見るだけで納得できる。正直なことを言えば私もライチ先輩は好きだ。魔力限定で。見目もいいとは思うけどあまり興味は無い。
でも他に誰の子供が欲しいのだろう。この場にいるポリスくんなら、私は趣味仲間として彼を守ろうと思う。ポリスくんがキーコ先輩との子供を望むのなら余計なことはしないけど、彼が拒否するのに無理矢理精を頂いてしまうことは許せない。
「俺じゃないです、違います」
「ああ、ポリスくんもいいとは思うけど私はキーとの子供も欲しい」
飲んでた水が気道に入って咽る。ポリスくんが背中を撫でながら、キーコ先輩は同性でもいけるらしいと教えてくれた。精霊とはなんてデタラメな生命体なんだ。
「それにポリスくんの子供はその内カヤノちゃんが産んでくれるんだろう?」
ポリスくんが固まった。ほう、二人もそういう関係だったのか。ぜひとも目の前の高等部二人のような爛れた関係にはならないで欲しい。ポリスくんは首を横に振っているけど見えないふりをする。
「じゃあ私の代わりにカヤノちゃんたち呼んでくるね」
「待って下さいマキナ先輩、あなたまで俺の敵になるんですか」
「おいキリコ、オレらは限界だからマキナやカヤノたちの話を聞いてこい」
再び必死な男子組に止められた。なんでこんなに必死なんだ。特にポリスくん、いつもライチ先輩をからかっているのにこういうときには結託するのか。本当は仲いいんじゃないか。
「マキナちゃんが行くなら行こうか!」
「やっぱ行きません」
可愛い後輩たちにこんなとんでもない人の相手をさせるわけにはいかない。数分前まではポリスくんものそのかわいい後輩枠に入っているが、今回だけは除外だ除外。
ポリスくんとは仲が良いと思ってた。なのに私はポリスくんの恋愛模様を知らなかった。キーコ先輩は知っていたのに。少し悲しい。
「どうした?」
キーコ先輩が私の顔を覗き込んでくる。こういうところでは聡いのだから色んな人間の子供を産んでしまうととてつもなく面倒なことになることもわかって欲しい。それが出来たのなら呼ばれていないんだろうけど。
「……マキナちゃんはあの黒薔薇くんの子供を産むだろうから、私が産まなくてもいいと思うんだ。でもどうしてもって言うのなら」
「何言ってるんですか!」
どんな悩みを持ってると思われたんだ私は!頭を抱えたくなった私になまぬるーい視線が二人分。そうか。ライチ先輩とポリスくんもこんな気持ちだったんだ。
理解出来たからからといっても同情するつもりはない。これ以上付き合うと私の常識まで溶けだしてしまいそうだ。
「私がとりあえずライチの子供を産むだろ?カヤノちゃんとポリスくんがくっついて、キーと私の子供も出来て、マキナちゃんと黒薔薇くんも子供が出来て……三人ずつくらい産めばサッカーチームが出来るな!」
「そんなサッカーチームはいらないです」
わかっていたことだけど私がこのカリスマEX精霊の先輩に子供がどうのという話をしても理解はしていただけないらしい。故意に暴走している気がしないでもないが、キーコ先輩の内心を考えるのはキーちゃんとライチ先輩に任せたい。
過去にやりあったときのことを思い出す。どちらも正しいと思っているから、住んでいる世界が違うから、常識だと思っていることが違うから、どこまでいっても平行線のままだ。
今回は話題が話題だから言い合い未満説得以上でしかない。きっと私にはこれ以上踏み込むことが出来ないし、キーコ先輩もそれをよしとしないだろう。
とにかく、キーコ先輩にはライチ先輩たちの胃と私の魔法史のために子供に関する常識を身に着けてもらわなくてはいけない。
呼び寄せ呪文で自分の部屋から呼び出したのは公民の教科書。この国の政治の成り立ちから財産分与までの知識がぎゅっと詰まっている。
「今からキーコ先輩たちにはこの教科書を読んでもらいます」
「マキナ、それなんか見たことあるんだが」
「普通の学校で使われる教科書、ですか?」
普通の大学に進学を考えていたときに買い揃えていたものだけどそれを伝える必要はないだろう。興味津々に見るのはポリスくんだけでライチ先輩は微妙な顔つきをしていた。キーコ先輩は使い魔にしている妖精にどうにかさせようとしていた。あなたに一番読んでもらいたんだって。

教科書を読んだキーコ先輩の感想が「法律って面倒臭い」だったり、ライチ先輩が「大学か……」と呟いていたり、ポリスくんが日本の大学に留学生枠で入ってみたいと言ってみたりするのだけど、それはまあ、別の話。



(もういっこエンド)
今回は話題が話題だから言い合い未満説得以上でしかない。きっと私にはこれ以上踏み込むことが出来ないし、キーコ先輩もそれをよしとしないだろう。
少し暗くなってしまった。こんなアホらしいことでへこんで自室に帰るのは馬鹿らしい。ということでたまには私もやらかしてみることにする。
「魔法史が私を待っているんです、部屋に戻らせていただきます!」
「喧嘩して実家に帰る嫁みたいだな」
「それ死亡フラグに聞こえるんですけどマキナ先輩」
ライチ先輩とポリスくんから出ている空気中の魔力をいくらか頂いて髪留めに入れる。反射と増幅を繰り返し、一気に放出させた。魔法を使うには杖と呪文が無ければ上手に出来ない。それば常識だし、私のような才能も魔力もない魔女はコントロールをすることだって難しいだろう。
けれどそれは前までの話。禁域で味わったあの屈辱と劣等感は忘れられない。実は叱られたの、ちょっとだけ根に持っている。うん、ちょっとだけ。少しだけ。魔法を無言でぶっ放つための練習が苦にならないくらいのレベルでしかない。
空気すら固まったように、周囲の温度は一気に下がる。キーコ先輩とライチ先輩の体表に薄らと、生命維持には何の問題もないであろう石が張り付く。石膏を塗りつけたように表面だけが固まった。
「うん、帰るね」
「マキナ先輩、何か楽しそうですね」
「そう?」
あの赤百合と精霊の血族にかませたのだ。楽しくないわけがない。きっと今の私は上品さのかけらもない笑い方をしているのだろう。
「あ、その内恋バナ聞かせてね」
「まだ引っ張るんですか……」
当然だ。私だけ知らないなんてそんな寂しいことは許せない。女の子同士でやるのが普通だけど、ポリスくんと私でホラー映画を見ながらカヤノちゃんの話をするのだって悪くはない。
ああでも、カヤノちゃんがいるのに二人っきりというのはまずかったりするのだろうか。そこら辺の事情が私にはよくわからない。恋バナなんていつも聞くだけだったからだ。
私もキーコ先輩に何かを言える立場じゃないのかもしれないと思ったのは少しの間だけで、白朝顔寮に着く頃には私の頭の中は魔法史の復習で満たされていた。
13.06.23. 初出
13.10.11. up

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