No title

カフェテリアで後輩が拉致られていったのを私は眺めていた。
我が家のメイドがいつもと同じのんびりとした口調で「助けなくてもいいんですかあ?」と聞いてくる。
「別に襲われるわけじゃなし、大丈夫でしょう」
「そうですかあ。お嬢様がおっしゃるならそうなんでしょうねえ」
メイドが美味しそうにケーキを食べる姿を見ながら、私はすっかり冷めてしまった紅茶を飲んだ。

わざわざメイドが学校にきたのは、私の生活と成績を親に報告するためだ。
前回の考査は学年3位。ペーパーテストだけなら学年2位。父が狂喜乱舞する姿は容易に想像出来る。
「お嬢様はあ、小さい頃から優秀ですねえ」
私の成績表を見てメイドは笑った。……勉強しか出来ないんだから当然だ。
我が家は人並みな魔力しか持たないし、代々魔法使いという家系でもない。精霊や呪いとも無関係だ。
少しのお金と並々ならぬ努力で成り上がった。父や祖父は商才を持っているようだけど、魔法についての特別な才能はない。
「私は勉強しか出来ないから」
「そんなことありませんよう。お嬢様は立派ですう」
どこらへんが?と追及する気はなかった。自分に勉強以外の長所があるとは思えないし、メイドを困らせるのは好きではない。
私がまだ魔法を制御出来ないくらい小さかった頃、目についた生き物全てを石化させてメイドたちを泣かせたことがある。
小悪魔やアンシーリーコートはそのまま放置したが、ホブゴブリンやシーリーコートの石化解除をしたのは彼女たちだ。
数年後、あまりに申し訳ないことをしたと気付いてから私はメイドに無茶なことを言わなくなった。
「幼いお嬢様がゴブリンを石化させて頭を壊して退治されたのはあ、使用人たちの間で語り継がれてますもの」
「人の黒歴史を……」
今すぐ忘れてほしい。それか誇らしげに話すのをやめてほしい。聞くたびに幼少期の自分のえげつなさに泣きそうになる。

メイドはケーキを食べ終わると家に帰っていった。彼女を見送って、私も寮に戻る。
夕食にはまだ時間がある。外で次の実技の練習をしようと思い、スカートからスラックスに履き替えることにした。
この学園の冬は寒い。常時保温魔法を使っても魔力切れを起こさない赤百合か、炎の精霊の血縁ならともかく、普通の生徒は外に出るときそれなりの対策をしなくてはいけない。
特にスカートをはく女子生徒はタイツの上にサイハイソックスをはいていたりする。それでも寒くては耐えられなかった私は男子制服を一着用意した。
ポケットの数は多いし暖かいし下着を気にせず暴れられるので非常に良いものだ。
教師たちは「校則に女子が男子制服を着てはいけないなんて記述は無い」と言うと諦めてくれた。あのときの教師陣の苦虫を噛んだような顔は面白かった。
懐かしみながらスラックスを探しているのだが見つからない。どこかに間違って仕舞ったのだろうか?
部屋を見回すと、机の上に一枚のメモと小包を見つけた。嫌な予感がしながらもまずはメモに目を通す。
「奥様のご命令でスラックスは回収させていただきました」
この字はメイドのものだ。父に男子制服を着ていると知られたら卒倒しそうなので教えたことはない。しかし母には漏らしたことがある。
話したときは寒いなら仕方ないわねなんて言っていたのに、彼女も敵だったか。
これからの寒さ対策をどうすべきか考えながら小包の中を見る。
母の趣味らしい可愛いタイツとニーハイ・サイハイソックスが詰まっている。履けってか。けのレース付のを履けと言うのか。なんという無茶振りだ。
「……ん?」
呆れつつ靴下を取り出し終わっると、底に小さな箱があるのが見えた。中を開けると、赤いハートのペンダントトップのネックレスがあった。
ペンダントトップは触ると暖かさを感じる。鈍い輝きから宝石ではないことがわかった。……私はこれが何かを知っている。知っているからこそ放り投げ出したくなった。
火竜の血を口に出すのも憚られるくらいえげつない方法で採取すると、このような固体になる。液体よりも固体の方がこもっている魔力が強い。
どんな極寒の地にいたとしても所持者は寒さを感じることはなく、炎で身を焦がすこともない。貴重とまではいかないが高価な品だ。決して学生が暖房代わりに持っていいものではない。
それにだ、青桜には火竜の呪いを受けている生徒もいる。彼らに見つかったら、なんだか申し訳ない。
母は違う学校の出身だからそいった事情に疎いのは仕方ないかもしれない。けれど、もう少し考えてほしかった。カイロの方が気兼ねなく使える分いい。
うなだれる私を笑うように使い魔が鳴いた。メイドは勝手に部屋に入ることは出来ない。スラックスを回収して荷物を置いたのはこいつだろう。
「あんたの今日の晩御飯はオートミールね」
不満げに鳴かれたが無視してやった。主人に背く使い魔にタンパク質を与えるつもりはない。

服屋からスラックスが届く数日間、どうしても寒さに耐えきれずネックレスを付けた私は青桜寮生を見る度にびくつくことになったことをここに記しておく。
12.11.16. 初出
13.06.10. up

時系列は迷子。

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