前提
妖精になってしまうキーコちゃんをどうにか人間に留めようと逃避行をしつつ禁術に手を染めた結果悪魔になってしまったライチくんと、人間の女の子として生まれ変わったキーコちゃんと、二人に引っ張られたせいで天寿を全うした後生まれ変わってしまった可哀想な後輩たちのお話。
(今夜、夢の中で)
目蓋を閉じて夢の世界へいくと、必ず私を見て喜んでいる人がいる。私がここにいることが嬉しくてたまらないといった様子の誰かは、いつも私の頭を撫でてくれる。
大丈夫、いつか会える。そんなことを言いながら抱きしめられると、不安だったり悲しい気持ちが消えていく。
緑の髪、羊に似た角、整った顔。現実には絶対いないはずなのにどこかで会ったような気がするのは何でなんだろう。小さい頃からずっと見てきた夢だからだろうか。
彼は私のマイナスの気持ちを吸い取ってくれる。彼に嫌なことがあったと話せば、いつの間にか問題は解決してしまう。
「大丈夫だ、オレがいるから。全部、大丈夫なんだ」
淡々とした口調の彼に背中を撫でられる。
今日は…そうだ、この目をからかってきた女の子たちについて話していたんだ。
私の目はきらきらと金色に輝いている。カラーコンタクトを入れているわけではない。生まれつきこうなっている。だから仕方ないのに、未だにからかう子がいるのだ。
それが嫌で嫌で、泣きたくなってしまう。
「人間にその目の価値がわからないのはしょうがないのかもしれない」
「私の目は、精霊の目なんだっけ?」
そうだと彼は返した。一番最初に目について話したとき、彼は私の目を「精霊の目」と表現した。金色は雷の精霊からのプレゼントらしい。
私が大きくなった今も彼は私の目をそう呼ぶ。なんだか恥ずかしい気もするけど全ては私の夢の中の出来事だ。
「そうだ。お前が望めば雷がそこら中に落ちる」
「それは…ちょっと嫌だ」
きのこ農家に嫁にいったときくらいしか使い道が考えられない。
正直に伝えると彼は笑いながらまた頭を撫でてくれた。
「お前が嫁ぐことはないだろうけれど…っと、もうすぐ朝か」
「じゃあ、また明日」
彼は私が現実で目を開けてしまえば会えなくなる。どこにも存在しない。私の頭の中にいる人物。
もしも彼が本当に存在したらそれ以上嬉しいことはない。だけど有り得ない。わかっていることなのに、夢から醒めるときはいつも寂しい。
「また会おう、キリコ」
彼が泣きそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
(住所シールは刺さらない)
俺はたまに謎のものを見る。だいたい親の仕事を手伝っているときに、緑色の何かが見える。
高速で移動しているのか全貌を捉えたことはない。見つけるとすぐに手元にある物を投げつけるのだが当たったこともない。ダーツの矢を常備していた時期もあったが、矢はいつも壁か床に刺さった。叱られたので今は紙の類を投げることにしている。
普段は投げている名札シールを封筒に貼る作業を進めつつ、俺は目の前に座る父親に話しかける。
「俺さ、レンタルビデオ店の名前がメガロポリスダディってどうかと思うんだけど」
カントリーマアムの対義語かよ。わかりにくいよ。だから一時期潰れかけたんだよ。
「前にも説明しただろう。お前にポリスって名前を付けようとしたら母さんが大反対したから代わりに店に付けたって」
悪びれもせず父親はさらっと言う。聞くたびに母親グッジョブ父親くたばれと思うのは仕方ないんじゃないだろうか。
どんなセンスしてんだこのおっさん。髪と一緒に常識抜け落ちたんじゃねぇの。そう言うと「その頃はまだふさふさだった!」と返された。知らねえよ。
たぶん名前のせいでこの店は潰れかけた。一時期は食うのにも困るくらいで夫婦仲も最悪だった。
そういえばあの謎の緑色を見るようになったのはその頃からかもしれない。今よりは無邪気で純粋だった俺は見かけるたびにブロックを投げつけていた。ダーツよりは可愛いはずだ。
夫婦喧嘩の真っ最中、緑色に向けて投げたはずのブロックが父親の頭にヒットしたこともあったが、やっぱり今より可愛い。
空中に物を投げるという息子の奇行を心配することで夫婦の絆はそれなりに強くなり、レンタルビデオ店メガロポリスダディは売り上げのためにエグいAVやスナッフビデオを置くことになった。郵送サービスも客のハートを掴むきっかけになったのだろう。今はそれなりに稼ぐようになった。
「息子の名前をポリスって無いだろ、警官かよ」
「なんか浮かんだんだよ。こいつはポリス顔だ!って」
急に緑色が通り過ぎる。何だお前、ポリス顔に同意するつもりか。
俺は右手に持っていた住所シールを投げつけた。どうせ今回も床に落ちて終わりと思っていたのに、住所シールはいつまでも床に落ちてこない。壁を見ても貼りついていない。
「……嘘だろ」
あの緑色にくっついたっていうのか?あれは俺の目の錯覚じゃないんだな、勘違いでもないんだな?
「あー、ダーツ投げとくんだった!」
「ケイ、お願いだから急にもの投げるのやめなさい」
父親の声を無視して、俺はダーツの矢を探しに部屋へ走った。