マキライなのだ……よ?

「あ、ライチ先輩」
「ん?あぁ、マキナか。久しぶりに見た気がするな」

廊下でたまたま見かけたライチにマキナが声をかける。どうも機嫌がよさ気なライチは、珍しく相手より多く言葉を発した。

「寮も学年も違いますから」
「それもそうか」
「…どこか行くんですか?マント着てますけど」
「少し森に。マントは付属品のようなものだ。雪避け程度の役割しか果たさん」

赤百合の魔力の高さは防寒着を必要としない。夏に長袖を着ようが、冬に半袖を着ようが関係ないのだ。元々魔法界にいたわけではないライチは季節ごとに見合った服装をしているが、コート類は邪魔だからとどこかに封印している。そういうわけで、外に出る際はマントを羽織っていることが多い。そのマントにも、雨避けやら雪避けやら色々あるのだが。

「いいですね」
「森はいいところだ」

赤百合ならではの魔力の使い方に嫌味を言ったつもりだったマキナは、ライチのどこかズレた返しに肩を落とす。
どうしてこう微妙に噛み合わないのか。
そういえば真っ向からライチ先輩に嫌味を言って通じるのは青桜のキーコ先輩だけだったような……と考えて、何だか先ほどの言葉を大人げもなく発した自分が馬鹿らしくなった。
ライチ自身からすれば何のことはない、真実を口にしただけで、そこに何の感情もないのだ。

「あぁ、マキナ、一緒に来てみるか?」
「は?」
「確か紅茶が好きだったとオレは記憶しているが」
「はぁ、まぁ、味にうるさいだけですが……」

にわか仕込みの知識を披露して得意げになる奴が好きではないとも言う。が、ライチはマキナが紅茶好きだと認識していたようだ。

「よく、覚えてましたね」
「他寮とはいえ、それなりに話すことの多い可愛い後輩だからな。特別だ」

そう言って淡く微笑むライチに、マキナは思わず目を見開いた。
誰だ、この人。普段タカには笑いかけるが人間には、人間に対してはそんな顔をしたなんて話聞いたこともない。大体その台詞は何だ。タラシか。天然のタラシなのか。

「マキナ?」

変人で基本的に何を考えているかわからないと敬遠されがちではあるが、ライチは一応密かにファンクラブが結成されるほどの美形である。タカに笑いかけるのとは別の、一枚の絵になりそうな綺麗な微笑。
直視を、してしまった。

「なん、でもありません……」
「? 平気なら構わないが」

眉を寄せるライチの顔を視界の隅に追いやり、床と壁の境目を凝視。さっきのは忘れろ、忘れろとひたすら念じる。

「行くのか?行かないのか?美味い紅茶は保証する」
「いえ、遠慮しておきます。コートを取りに私の寮まで戻るのは多少時間がかかりますので……」

ここは白朝顔とはほぼ真逆に位置している。先輩であるライチを待たせたくはないし、魔法で引き寄せれば部屋がぐちゃぐちゃになること請け合いだ。
マキナは今の状況を抜け出したいと思い、最もらしい理由で断る。顔をあまり見たくなくて俯くと、ライチはその様子を見て右斜め上の勘違いをした。

「オレの手を握っておけ。お前一人温めながら歩くくらいどうってことはない」
「……………え」

俯いたマキナの表情など背の高いライチには全く見えないわけで。行けないことが哀しくて肩を落としているのだと珍しく相手を思いやった勘違いをしたライチは、マキナの思考を停止させるほどの素っ頓狂な提案をした。

「雪避けまではしてやれないが、別に冷たさを感じることはないし、その都度自分で払えばいい」

素晴らしい提案をしたとでもいうようにライチは微妙に満足げな顔をしているが、マキナはサッと青ざめる。
この男は自分の女子生徒からの人気をまったくわかっていないのだ。周りに興味のないことは時として罪だ。今は主に自分に。うっかり目撃でもされようものなら、決闘を申し込まれそうだ。いや、それどころかこっそりと暗殺されるかもしれない。
逃げたい。切実に。
できれば悪気のないライチを傷つけずに逃げたい。そうだ、読みたい本があるとか、課題があるとかなら大丈夫だろう。

「あの、」
「行くぞ、マキナ」
「え、ええ!?ちょっ」

ライチに手を掴まれ引きずられる様に歩き始める。
断るタイミングを完全に失った。普段は人にあまり干渉しないくせに何だと言うのだ、これは。
ライチの魔力が流れ込んできて、じわりと身体が芯から温まってきた。本当に上着いらずである。

「タカが最近見つけて来た。森の中に誰もいない小屋があってな。埃を被っていたので掃除をしていたのだ。その掃除が昨日漸く終わってな。森の生き物を集めて茶会をする。魔法界は凄いな。紅茶をいれるのが美味い不思議な生き物もいる。そいつがご馳走してくれるそうだ。茶菓子はケンタウルスが作ってくれることになっていてな。楽しみだろう?」

本当に楽しそうに笑みを浮かべて話すライチにマキナは口を挟む間もなく。

「せっかくあそこで会ったのも何かの縁だろう。お前は特別だ」

タカとじゃれている時のような年相応の無邪気な笑顔を向けられ、マキナはパッと頬を染めた。
違う、これは慣れない魔力の温度のせいだ。握った手から伝わる温度が高すぎたのだ。普段見ないものを見て驚いているだけだ、と自分にひたすら言い聞かせる。
恋など必要ないのだ。高い魔力、高い血筋の男が自分には必要なのだと。確かにライチの魔力は高いが、ライチは元々魔法界には縁のない家柄から誕生したパッと出の魔法使い。血筋における評価点などマイナスだ。

「マキナ?」
「何でもないです!!」

こうなりゃヤケだと逆にライチの手を引っ張りながら森の入口に向かって足を進める。
引きずられていたライチは何かを思い出したらしい。あぁそうだ、と言って足を止めた。反動でライチの方にダイブするマキナ。

「悪い。大丈夫か?」
「だ、いじょうぶなので、はなしてください……」

抱き留められる形となったマキナは、逃れようともがく。再びライチが謝り、あっさりと身体を離すが、手は繋がったままだ。

「なんですか?」
「ポリスやオツキにはこれから行く場所のことを言うな」

わかりました、と首を縦に振ればライチは少し安堵した様な表情を見せる。安住の地を邪魔されたくないということなのか……。

「あーそれから、キリコにも言うな」

ポリスやオツキのときよりも少しだけ眉間の皺を深くしたライチ。
キーコ先輩と喧嘩でもしたのだろうか。きっとライチ先輩と喧嘩をするのなんてキーコ先輩にしか出来ないんだろう。そう思って、少し残念な気持ちになった。

「行くぞ」

自分の手を引いて歩き始めるライチ。自分の身体に微かに残る、抱き留められたときに感じた体温の温かさと、手から伝わる温度が何故かとても煩わしいもののように思えた。
12.11.28. 初出
13.06.10. up

ヤキモチうめぇ。ライチとキーコのたまにある嫌味の言い合いは周りに夫婦喧嘩認識されてるよ。
なんやかんやテンション高いからとか書いてあるけど、そもそも関わろうとした点で、わりと特別だというラインにマキナは入ってます。ライチからの矢印が括弧に覆われて見にくいだけです。

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