二人のキリコ

 カツン、カツンと廊下の石畳を蹴りながらキリコは溜息を吐いた。理由は言わずもがな、毎日毎時間の遅刻である。本日も全ての授業に華麗な遅刻を決め、教室中から拍手喝采を浴びた。教授は苦笑いを溢し、気を付けるように、とだけ言ってまた授業を再開した。
 クルル、と肩に乗る使い魔が喉を鳴らした。慰めてくれているのかどうなのか、判断しがたい。この相方は賢いが如何せん自分をなめているところがある。まあ、毎朝起こされている身では仕方ないことだが。
「どうしたら直るのかなあこれ」
 呟いても、相方はそっぽを向くばかりで答えてはくれなかった。
 カツン、カツン、誰もいない、冬の空気に満ち満ちた廊下を歩いていく。
 ──カツン。
 目的の場所に辿り着き、キリコはくっと顔を上げた。
 途端、飛び込んでくる膨大な紙切れの、その上の情報。キリコの前にあるのは学内掲示板だった。寮ごとに分けられた掲示板にはありとあらゆる情報が貼られている。魔法でどうにかすればいいのに、と昨今魔法通信が改善されてきていることを肌身に感じているキリコは思うが、教授曰く、そんな危険なことができるか、だそうだ。
「えーと、あ、あった」
 探していた紙切れはすぐに見つかった。低い位置に貼られていて助かった。何せ天井まである掲示板だ。上に貼られてしまうとあの高い高い梯子を登らなければならない。思い出してもぞっとする高さに一つ身震いしてから、キリコは掲示を読んで、項垂れた。
「あーあ、やっぱり宿題追加だあ……」
 がくりと肩を落とすが、自業自得である。内容は、遅刻者のキリコのみ宿題追加、というものだった。
 宿題自体はいい。学年一の成績を誇るキリコにとってこなすことは造作もないことである。問題は、遅刻したから、という理由であった。
 キリコの遅刻癖は、いっそ何かの病気かと思いたいほど直らない。どんなに直そうとしても無理だった。家族や友人に協力を仰いでも、相方にバカにされながら起こされても、である。成績がいいことだけが救いだった。そのお陰でキリコは何とか教授たちに見捨てられずにいる。
 盛大に溜息を吐き、掲示板の前で唸っていると、カツン、カツンと靴音がした。それも間近に。
「ん? あれ、君は」
「は?」
 まさか話しかけられるとは思わず、急いで振り返ると、そこには高等部の制服を纏った背の高い姿があった。雷色の瞳とバチリと合う。
(あ、この人、もしかして)
 高等部のブルー・ブロッサムに何やらモノスゴイ精霊の娘がいる、というのは噂に聞いていた。会えばすぐ判る、雷色の瞳を持つひとだと。
 雷色だなんて特殊な色は、そういない。いる確率はブルー・ブロッサムが一番高いが、それでも精霊の血を余程──それこそ噂になるほど強く継いでいるか、敬遠されるほど強い呪いを受けるか、どちらかしかない。
 だからすぐに判った。ずっと興味があったから、噂をよく覚えていたというのもある。
 しかしそれ以上に、キリコには惹かれることがあった。
「……キリコ、先、輩?」
 恐る恐る名前を呼べば、勝ち気に吊った眼が見開かれた。それを見て、ああ、やっぱり間違ってなかったとキリコは思った。
 キリコは決して自分の名前を呼んだわけではない。目の前の──自分と同名の先輩を呼んだのである。
 ずっと会ってみたかった。自分と同じ名の、精霊の血を継ぐひとを一目でいいから見てみたかった。あわよくば、話せたら、とも思っていた。まさかこんな形で叶うとは思っていなかったが。
 目を見開いたままだった先輩のキリコは、ふとその表情を和らげた。
「なぜ私の名前を知っているんだい、スノー・グローリーのキリコちゃん」
 今度はキリコが衝撃に固まる番だった。
 目の前のキリコなら解る。学内で知らぬ者はないほど有名な精霊の娘だから。
 しかし自分は。特に理由がない。遅刻については伝説的扱いになっていることは知っているが、それ以外に取り立てて特徴もない生徒であるのに。
 動けないキリコを見て、先輩のキリコはふふ、と笑った。
「解せないっつー顔してるねえ」
「そ、れは、そう、その」
「言っとくが、君も相当の有名人だよ、キリコちゃん。遅刻癖もだが、その成績でもね」
「え、……は?」
「ぶっち切りの首席だそうじゃないの。高等部の教授たちも君が上がってくるのを楽しみにしてるくらいだよ。高等部の落ちこぼれを教えるより、早く君のような生徒を教えたいってさ」
「はあ……」
 にこやかに告げられるとんでもない賛辞に頭が追い付かない。現状さえ把握しきれていないのに、これ以上どうしろというのだ。
 パンク寸前のキリコに気付いているのかいないのか、先輩のキリコは更なる爆弾を投下した。
「まあ、こんなところで立ち話もなんだからさ、カフェにでも行こうか。あ、もちろん奢るから財布を持ってなくても心配しなくていいよ」

 どうしてこうなった!
 キリコは内心頭を抱えて叫んでいた。
 現在地、カフェテリア。目の前の皿には個数限定のケーキ、横の小皿の水を相方がつついていて、そして、その向こうに精霊の娘と名高い先輩。嬉しそうに自分と同じケーキを食べている姿からは思い描いていたほどの冷たさは感じられない。寧ろかわいいとさえ思う。しかし。
(どうしてこうなった!)
 ちまちまとケーキをつつきながらキリコは考える。いつもと同じ一日だったはずだ。それがなぜ。こうなっている。なんだこの異様な展開。
「おいしくない?」
「えっ、あ、いえおいしいです! 食べたくて食べたくていたのでほんと! 嬉しいです!」
 俯いてケーキをつつくキリコを見て不思議に思ったのか、先輩のキリコが不意に訊ねた。慌てて顔を上げ、思わず本心を答えたキリコににこりと笑い、先輩のキリコはほっとしたように息を吐いた。
「そう、ならよかった。ところでキリコちゃん」
「はい!」
「そう固くならんでもいいよ。あのさ、君、みんなから何て呼ばれてるの?」
「え、……と、遅刻魔、とか?」
 突然の質問に戸惑いながら答えれば、きょとんとした表情のあとに、あっはっは! と盛大な笑い声が響いた。
「いや、違うよ、違う、そういうんじゃなくて、ニックネームとか、そういうの、ある?」
 お腹痛い、と目尻に涙を溜めて笑って言う先輩に、キリコはぱっと頬に血を昇らせた。
「あ、それなら、キーって、呼ばれて……てか笑いすぎですよ先輩……」
 恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。そしてできれば二度と出たくない。切実にキリコは思った。
「そっか、キーね、かわいい」
 ようやく笑いを収めて、先輩のキリコは涙を拭いた。
「んじゃ、キーって呼ぼう。同じ名前だから、お互い呼び方を変えた方がいいだろうしね。だからキー、私のことはキーコって呼びなさい」
「はっ?」
 先輩のキリコ、もといキーコの申し出にキリコ、もといキーは唖然としてしまった。しかしそんなものどこ吹く風、キーコははい決定、よろしくね、なんてキーの手を握ってくる。
「ちょ、ちょ待ってくださいキリコ先輩!」
「キーコね」
「……キーコ先輩」
「先輩も要らないから。そんな偉くないし」
「……キ、キーコ」
「よろしい。で、何かな、キー」
「なんでそんなことに」
「同じ名前だとお互い呼ぶ時に不便じゃないのさ」
「……そもそも、なんで私を」
「だって同名の相当優秀な後輩の女の子なんて、興味を持つなという方が無理だろ?」
「えええええ」
「それよりもキー、掲示板にあったけど、宿題出されたんだって?」
「うっ、えっ、ま、まあ、恥ずかしながら……」
「まあ君のことだ、遅刻が原因だろどうせ。やらんでいいやらんでいい、そんなもん」
「そういうわけには」
「代わりを呼んでやるからさ、だからこれから街に下りよう!」
「はあああああああ?!」
 またとんでもない台詞に仰天しているキーを横目に、キーコはぱちんと指を鳴らした。ぽん、と軽い音と共に一人の妖精が現れる。
「何のご用で?」
 ふてぶてしく訊ねる様に、次に来る言葉が解っている上での質問だとキーにもわかった。
 そしてキーコもわかっている顔で、さらりと言ってのけた。
「宿題やれ」
「えええええだからいいですいいですってば!」
「はいはいうるさいよ、キー。おい、スノー・グローリーの掲示板の一番下に貼られてるキリコ宛の通知に書いてある宿題やっとけ」
「宿題は自分でやってなんぼかと思いますよ、ご主人さま」
「や、れ。私がやれと言ってる。逆らうなら送り返すぞ」
「いややらんでもいいです!」
「やれよ、わかったら行け。私はこれからキーとデートだから」
「はあ……御意に」
「ままま待って! 待って! いいですからあああああ!」
 ぽん、と現れた時と同じような軽い音を立てて使い魔は行ってしまった。
「よし、じゃあこれで心配事はなくなったな! 行くよキー!」
「ええええええええええ」
 なんなの! というキーの叫びが、午後遅いカフェテリアに虚しく響き渡った。
12.11.15. 初出
13.01.20. up

あれ……? 嘘だろなんでこんな長くなったの……。まあこんな具合でキリコたちを考えてました作文。ほんとはもう少し静かな子たちなんだけど、二人ともテンパって大騒ぎになったわ……キーコもキーコでキー視点だと上の感じだけど実はずっと気になってた後輩と思わぬエンカウントだったせいでかなりぐるんぐるんになってます

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